教会員からのメッセージ message

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だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めることもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。なぜ衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花のひとつほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか。信仰の薄い者たちよ。だから『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存知である。何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労はその日だけで十分である。
【マタイによる福音書6章25〜34節】

 終戦のとき、私たちは中国北部のハルピン市にいました。父が勤めていた満州鉄道もなくなり、私たち一家は竹の子生活(家にあるものを闇市に売りに行く)でした。
 1年後、やっと日本に帰れることになりました。コロトウという港に着き、日本からの船を待ちました。しかし引き揚げ船が、魚雷に当たって、また次を待たねばならないとか、メディアがないので、ただ待つだけでした。そのときは1日にコウリャンのおかゆが2回支給されました。すぐ市が立つので、リュックの中の乏しい衣服をお金に換えて焼き芋や中華饅頭を両親が買ってくれました。やっと来た船でも、やはりコウリャンのおかゆが2食でした。
 佐世保に着いた時はうれしかったです。浜田の祖母の家に帰りましたが、父は職もなく、また広島の闇市で田舎の野菜を持っていって売ったりしました。
 そんな私たちを神様がずっと守ってくださり、家族全員無事に日本に帰してくださり、それから64年も貧しくとも生きさせてくださり今があるのです。これは奇跡です。感謝です。
 父母は天に召されましたが、弟も私も貧しいながら日々の糧をいただいています。この聖句を読むたびに40日もかけて日本に帰れたことや、その後も何とか生かされている恵みを思い出し、感謝する日々です。
(広島市在住  女性) 
(この証しの一部は、日本アライアンス教団時報 イエスの福音 2010年1月号にも掲載しています。)   

あなたがたは、恵により、信仰によって救われました。このことは自らの力によるのではなく、神の賜物です。
【エフェソの信徒への手紙 2章8節】

「夫の病床に付き添って」
 夫は、昨年11月頃より歩行困難があり、大学病院に受診した結果、閉塞性動脈硬化症(ASO)と診断されました。右総腸骨動脈が完全に閉塞している為バイパス手術をすることになりました。2月26日に入院し、同月28日に手術することが決まりました。
 名医が執刀医でしたので安心していましたが、心のどこかに不安がありました。
 入院の翌日大江先生と坂田様に、家庭集会の帰りの慌しい中、祈祷に来院して頂き感謝でした。2月28日は、病室を8時20分出発して帰室は12時15分でした。
 「神様、夫の手術が局所麻酔ですみますように」と心の中で祈りました。帰室してきた夫に私が「よくがんばったね。」というと夫の顔から笑みがこぼれました。やっぱり忍耐強い人だと思っていましたが、その通りでした。看護師長さんが「局所麻酔でよくがんばりましたね」とおっしゃってくださいました。1日3回の抗生物質の点滴も相乗して体力が回復してきました。その間、抗生物質の副作用の下痢に苦しめられたり、術後の発熱に心を痛めました。
 「神様、夫を守ってください。発熱を下げてください。下痢を早く止めてください。体力が1日も早く回復しますように、私の信仰に恵みをお与えください。」1日中お祈りを続けました。神様に支えていただき退院することができました。神様を賛美しながら、30分の散歩をしながら一病息災に過ごしていましたら、1週間後39度の発熱と肝臓マーカーが上昇しCPKが7000になり、再入院しました。24時間点滴が始まりました。私も朝の洗顔のため、タクシーで駆けつけたりしました。2週間の経過を経て退院しました。現在は毎日30分の散歩をしています。
 孤食から2人で食事ができ、新聞を読んだりテレビを見たり、小旅行を計画したりすることができることを、朝晩神様に賛美しております。神は信ずる人を本当に支えてくださることがわかりました。大きな恵みと感謝です。
(2007年3月受洗 広島市西区在住 女性)

キリストに対する畏れをもって、互いに仕えあいなさい。妻たちよ、主に仕えるように、自分の夫に仕えなさい。キリストが教会の頭であり、自らその体の救い主であるように、夫は妻の頭だからです。また、教会がキリストに仕えるように、妻もすべての面で夫に仕えるべきです。・・・いずれにせよ、あなたがたも、それぞれ、妻を自分のように愛しなさい。妻は夫を敬いなさい。
【エフェソの信徒への手紙5章21節〜33節】

 2月25日に広島アライアンス教会にて結婚式を挙げていただきました。主人は中学生の時に洗礼を受け、クリスチャンでしたが、私はというと今まで教会とは縁もなく、神様、イエス様を特別意識することなく生活してまいりました。しかし、主人から教会で式を挙げたいという意志を聞いた時、特に驚きもなく、私の中で結婚前の大江先生との聖書やキリスト教についての学びの時間も、日曜礼拝への参加も、自然と当たり前のようになっていきました。  ただ、大江先生のお話の意味や「神様に向かないで生きていることが一番大きな罪である」ということも頭では理解できていた気はしていたのですが、神やイエス様をイメージできないままでいました。  ある時、たしか結婚式の1週間くらい前にイエス様の影像がスーと浮かび上がり、いつでもイメージできるようになった時、自分の中で“何か”を確信し、“神様に向く”ということが理屈でなく感覚的に受け入れることができるようになっていました。そして主人と同じように私も洗礼を受けさせていただけたらと願いました。  洗礼式の1週間前に大江先生にお時間をとっていただき、色々な話を聞いていただいたり、またその時の自分の気持ちや、自分の罪の告白をした時、自分でも何がなんだか理解できないほど涙が溢れ出ました。しかし、洗礼式当日はとても晴れやかな気持ちで一杯でした。そして尊敬している主人にまた少し近づけた気がして幸せでした。  これからは主人と共に神さまを信じ、同じ方向を向いて、人生を一緒に歩んで生きたいです。苦しいことも楽しいことも“あるがまま”を受け入れて生きていくことが、神さまに感謝して神様に向いて生きていくことなのではないだろうかと思いました。愛を持って神様を敬い、祈り、神さまの思いに近づけられるよう信仰心を持ち続け、私らしく日々を送ってまいりたいと思っております。
(2007年3月受洗 広島市東区在住 女性)

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです。
【新約聖書  テサロニケの信徒への手紙 第1 5章16〜18節】

 いくら思い出そうとしても、その週は私にとって深刻な出来事や特別なハプニングがあったわけでも無かった。ただ、無性に心のままにそこに来たように覚えている。「あなたにはもうここしかないのではないか」と迷うことの無い心地よさに不思議なものを感じながら。自宅でも独りぼっちおおくカトリック教会の園児であった幼い頃の私はマリア像に魅せられていつまででもその笑顔を心の支えにしていた。  教会の戸を再び開けたのは礼拝の日であった。多くの見知らぬ人達の中、私は堂々と歩いていた。皆が特別の目で私を見るようなことは無い。みな楽しそうに語り合っていた。 牧師が「よくいらしてくださいました。礼拝はいかがですか。」を私に問いかけるその声は安らぎの響きがあり、透き通っていた。そうして彼女と語り合っているうちに私は誰かに心の中の秘密を打ち明けてしまいたいという.何十年も抱え込んで憤っている気持ちに気づいた。「いつも」とは違う空気を吸って「いつも」とは違う方々に触れていることで私のうちに入ってくるこの感謝は喜びであった。 その後、私は礼拝を続けるため教会に足を運んで何度目かの礼拝の時に静かに私の心の内から消え去るものを感じた。教会という聖地で「人が平等に愛されて過ごす日々の大切さとお互いに尊重しあって謙虚に生きること」「私たちは一人独立した生き方ではなく、私たちという個に立ち返り生きよ」そういう神様の恵み深い教えに触れることができた。その広く深く豊かな恵みによって私たちは心に平安を呼び戻すことができるのだ。その偉大な力を神様から与えられることで私たちは強いものとなることができるから生きていくことが楽しいと思わずにはいられない。 私たちの過去においても、現在、未来においても、神はいつも私から離れず罪を許し救ってくださると信じて祈る。神様とお話をすればなお一層神様はその限りない愛と豊かな恵みで私たちを守り包んで受け止めてくださる。それが祈りである。答え(返事)は必ず返ってくるのだ。 人は楽な道を歩こうとする。それは本能だから。だけど実際そうすることは危険でおろかなことだよと戒め諭してくださる。それが神の心。「狭き門より入りなさい」そういう天からのメッセージがもしかしたら私に届けられたのかもしれない。愛と恵みを惜しみなく与えてくださる点の神様。私たちは神様の御旨にしたがって信仰を深めます。どうぞ神様の栄光をたたえるものとならせてください。 イエスキリストの御名によりお祈りします。アーメン
(2007年3月受洗  広島市中区在住 女性)

神はそのひとり子を賜ったほどにこの世を愛してくださった。
それは御子を信じるものがひとりも滅びないで永遠の命を得るためである。
【ヨハネによる福音書3章16節】

 私は、母のおなかに宿っている時から教会に、そして主に導かれていました。その恵みに感謝します。幼少期は日曜学校へ行き、聖書や讃美歌を学んだりしました。このたび私が洗礼を受けようと思ったのは、とても自然なことでした。以前から受けようと思っていました。  今まで洗礼を受けられなかった理由は、中学校から高校、大学時代にかけて、部活動などで毎週のようには教会に行くことができず、教会から足が遠のいていた時期があったからです。それでも晴れて社会人となり、月に1度は時間を作って教会へ行くようにしていました。教会から足が遠のいていた時期はありましたが、イエス様のことを忘れたことはありません。イエス様の見守りの中で生かされていることや、感謝の気持ちを忘れたこともありません。  私が神を信じようと思った決定的な瞬間や出来事はありません。それだけ自分の中に自然と神の存在があったのだと思います。私の人生の大切な節目に神が共にいてくださり、良い方向へと導いてくださいました。受験、入学、卒業、就職そのどれもがそうです。  そして神さまは、日々の生活においても見守ってくださっています。健康で元気に日々の生活できていることが何よりの証拠です。私が一番好きな聖書の御言葉はヨハネによる福音書3章16節です(上記)。この聖書の御言葉に主の私たちへの大いなる愛が最も感じ取れるからです。そして昨年12月24日のクリスマス礼拝で先例を受け、私も弟も晴れて永遠の命を得ることができました。この喜びを本当に感謝しています。洗礼を受けたことを、母を初め、大江先生、広島アライアンス教会の皆様にも祝福していただき、本当にうれしかったです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。  洗礼の準備をする段階で、大江先生よりたくさんの御言葉を学びました。「イエス様の十字架の血潮で私の罪を赦してくださる。」これはとてもありがたいことで神の存在の大きさに改めて実感させられました。神の前で大江先生が証人となってくださり、これまでの罪を告白した時、自然と涙が溢れました。「ああ神さま、ありがとうございます。ようやく洗礼を受けられること恵みを感謝します。」と。  洗礼を受けたことによって聖餐を授かることができるようになったことも大きな喜びです。今月、初めての聖餐式、本当に、本当にうれしかったです。  これからの人生も主と共に歩んでいけるよう、これからも祈りと感謝を持って生きていきたいと思います。
(2006年クリスマス受洗 20代 女性 広島市中区在住)

私は復活であり、命である。私を信じる者は、死んでも生きる、生きていてわたしを信じる者はだれも、決して死ぬことはない。
【ヨハネによる福音書 11章25節】

 僕は、今年20歳になりました。この年に洗礼を受けました。洗礼のきっかけは姉が洗礼を受けると親から聞いたことでした。最初はまだ受けなくてもよいと思っていたのですが、よく考えてみると、20歳になっているので「洗礼には十分な年齢」と思いました。今までは教会に続けて行っていなかったのですが、洗礼を受ければ、イエス様が僕の心の中で一緒になって、これからも生きていけると思いました。また月に最低でも1回は教会に行こうという向上心も湧いてきました。このきっかけを与えてくださった神に心から喜びの祈りをささげます。

(2006年12月受洗 広島市中区在住 男性)